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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5982号 判決 1956年4月12日

原告 田中きくの

被告 松田三太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対して金十三万七千円及びこれに対する昭和二十九年五月二十五日から支払のすむまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告に対し昭和二十五年九月金一万円、昭和二十六年三月金一万二千円、同年五月金五千円、同年六月金一万円、同年七月金一万三千円、同年八月金一万円、同年九月金一万七千円、同年十月金二万円、同年十一月金一万五千円、同年十二月金一万三千円をそれぞれ利息月一割弁済期昭和二十六年十二月末日の約で、また昭和二十七年一月金一万二千円を利息月一割弁済期昭和二十七年一月末日の約で、合計金十三万七千円を被告の妻である訴外松田ミヨを通じて貸し付けた。

二、ところが、被告は利息として昭和二十五年九月から昭和二十六年一月までの間に金五千円、昭和二十六年二月金千円、同年三月金二千二百円同年五月金二千七百円、同年七月金三千七百円、同年九月金五千円、同年十月金六千円同年十一月金七千七百円、同年十二月金一万円、昭和二十七年四月金五百円、同年六月金二千円、同年七月金五百円合計金四万六千三百円を支払つたゞけで、元金の支払をしない。

よつて原告は被告に対して元金十三万七千円及びこれに対する支払命令送達の翌日である昭和二十九年五月二十五日から支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告の主張事実はすべて否認する。

被告訴訟代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の第一、二項の事実は否認する。

被告の妻松田ミヨは原告から昭和二十五年九月金一万円、同年十月金一万円、同年十一月金一万五千円、昭和二十六年二月金一万円、同年三月金一万円、同年四月金一万八千円、同年五月金一万円、同年六月金七千円、同年八月金五千円合計金九万五千円をそれぞれ利息月一割の約束で借り受けた。しかしながら、昭和二十五年九月借受の金一万円の内金一千円、同年十月借受の金一万円の内金一千円、同年十一月借受の金一万五千円の内金一千五百円合計金三千五百円をいずれも利息名義で天引されたので、天引部分については消費貸借が成立せず、従つてミヨが原告から借用した金員は金九万一千五百円にすぎない。しかもミヨは昭和二十五年十月金千円、同年十一月金二千円、同年十二月金三千五百円、昭和二十六年一月金三千五百円、同年二月金三千五百円、同年四月金六千円、同年五月金七千八百円、同年六月金八千八百円、同年七月金九千五百円、同年八月金九千五百円、同年十二月金一万円合計金六万九千六百円を元金の内入弁済として支払つたので、残額は金二万一千九百円である。

二、仮に前記支払金が全部元金に対する弁済でないとしても、本件消費貸借の利息は月一割の約定であつて、この利息の定めは利息制限法に違反するから無効であり、従ってミヨは民法所定の年五分の割合による法定利息を支払えば足りるから、借受元金九万一千五百円に対する法定利息を加算して、その元利金に前記支払金を順次弁済に充当するときは、昭和二十六年十二月末日における残元金は金二万八千六百七十四円九十二銭である。

三、従つて仮に被告が借主であるとしても、被告が原告に対して支払うべき元金は金二万一千九百円ないし金二万八千六百七十四円にすぎない。

<証拠省略>

理由

一、成立に争のない乙第一号証、証人林正男、松田ミヨの各証言によつて成立の認められる乙第二号証の一、二、証人松田ミヨの証言及び原、被告各本人尋問の結果を総合すると次のような事実が認められる。

原告は昭和二十五年九月頃訴外田中くらの紹介で同人を通じて訴外松田ミヨに金一万円を貸し付けたが、その際ミヨは特に夫の被告のために借り入れるといつたこともなく自分の名前で借り入れたのであつて、その後貸借は数回行われたが、ミヨはそのことを夫である被告には全然告げなかつた。それ故被告はこの貸借の事実を全然知らず、昭和二十七年一月二十日頃、原告が貸金業違反被疑者として取調を受けた当時、ミヨから原告に借用金があることを告げられて始めてこの事実を知つた。

原告本人尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は信用し難く、他にこの認定をさまたげる証拠はない。

二、以上の認定によれば原告がミヨに貸し付けた金員はすべて被告の関知しないものであるから、原告主張のように原告とミヨとの間に結ばれた消費貸借契約の効果を被告に帰属させるためには、ミヨが被告の代理人として行動したことを必要とするわけである。ところで日常の家事について妻は夫を代理する権限を有するけれども、それ以外の法律行為については妻が当然に夫を代理する権限をもつとはいえない。本件のように原被告双方主張の金額から見て決して少額とはいえない金額の金銭消費貸借契約は、その借用金の一部が生活費として使用された事実及び契約成立当時ミヨが被告経営の工場の会計を担当していた事実(以上の事実は証人松田ミヨの証言によつて明らかである。)を考えあわせても、なお、日常の家事の範囲に属するものということはできない。従つて消費貸借契約の当事者は原告と松田ミヨであり、被告はこれについてなんら責任がないものといわなければならない。

三、してみると、原告の本訴請求は、貸借の金額等について判断するまでもなく失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正)

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